曇っていた。いや、私の心が曇っていたのかもしれない。
本日は帆柱パトロールの日であった。山に登る。ただ、それだけのことなのに、人はなぜか神妙な顔をする。もちろん私もそのひとりで、何か大いなることを成すような面持ちで、10時きっかりに麓の食堂前に立った。集まったのは、保全会員14名と、ボランティア研修生3名。合計17名。まるで何かの儀式でも始まりそうな奇妙な数字だ。


今回のコースは、だんだん広場から続く直登コースと、いくぶん優しさを含んだ迂回コースの二つ。どちらにしても、私たちにとっては馴染みが薄く、説明の段になると、誰もが自分の記憶を頼りに断定しようとするので、まるで迷宮の入り口で道を訊く者たちのようであった。会話は、かみ合わない。人生とは、そういうものかもしれない。



しかし、幸いにして、先頭をゆく案内人は確信に満ちていた。迷いを捨て、いざ出発。前夜の雨が山道をぬかるませ、ところどころ足を取られるも、引き返す者はいなかった。滑っても、転んでも、人は前に進むものらしい。







二手に分かれた我々は、黙々と立ち枯れる木々を見つけては、白いテープを巻きつけた。まるで、自分の存在をそこに留めるかのように。そして、テープには日付を記した。生きていた証、というには大げさかもしれないが、それに近いものだった。九本の木が、我らの訪れを受け止めた。




昼過ぎ、ヤマボウシの山小屋に到着。冷たいおにぎりも、黙って食べれば、それはそれでうまい。
反省会という名の内省の時間が設けられ、誰もが何かしらの「もう少しこうすればよかった」を抱えていた。
午後、我々は再び分かれた。下山パトロール班と、珍樹の森作業班。与えられた役割を果たすべく、それぞれの道を選んだ。それが正しいかどうかは誰にもわからない。ただ、その瞬間、私たちは「今日」という日を、確かに生きていたのだ。





帆柱山よ。今日も、ありがとう。
明日は晴れるだろうか。いや、心の天気が晴れてくれれば、それでいいのだ。