朝、空は鈍色に沈んでいた。雨とまでは呼べないが、空気には確かな湿り気があり、時おり頬に落ちる水滴が、まるで今日という日が試されているような気分にさせた。
それでも、人は集まった。定刻10時30分、研修生2名を含む16名がヤマボウシ小屋に顔を揃える。コーヒーの湯気がたちのぼり、菓子を齧る音が、曇天の静寂を破る。笑い声が飛び交い、一週間ぶりの再会を喜ぶ様子に、雨雲の下にも温もりがあった。
「歳を重ねると、また会える保証はないですからね」
誰かが言った言葉が耳に残った。それは冗談めいていたが、どこかで真実を孕んでいた。
本日の作業は、煌彩の森コースの点検と側溝の清掃の予定だった。ところが現地に着いてみると、状態は上々。枯れ木もなく、手を入れるべき場所が見当たらない。人員は16名。これでは、力を持て余してしまう。
その時、誰かが提案した。「東河内貯水池コースへ行ってみませんか?」
話はすぐにまとまり、7名と9名の二班に分かれて出発することになった。


東河内登山コース班は、作業現場までの距離が長かった。途中で一度水を口に含み、ようやく現場に辿り着く。森はしんと静まり返っており、こちらの訪れを警戒するように鳥たちの声も止んでいた。
標的となる伐木を確認した後、安全確認を済ませ、チェンソーのエンジンが森に火を灯したように響く。






ブン、ブン、ギギギ。
倒木の音が山にこだまし、伐られた木が倒れ込む。ドカンという音とともに、木屑が舞い、仲間の顔にまで届いた。
私たちは言葉少なに作業を続けた。木々の香りが強くなり、肺の奥まで清涼感がしみわたる。
昼食は広い登山道でとった。倒したばかりの木の下で、サンドイッチの味はなぜか格別だった。
問題箇所を次々にクリアしていき、気がつけば貯水池の近くまで来ていた。眼前に広がる整備された山道に、一瞬、達成感が心を満たした。
だが、喜びは長く続かなかった。帰路は登りだったのだ。
残された体力など、ほとんどなかった。足が攣る。呼吸が荒くなる。額から汗が落ちる。
それでも我々は歩いた。意地だった。ヤマボウシ小屋に戻った時、時計はすでに14時30分を過ぎていた。
その頃には、煌彩の森班はすでに戻っており、工具も片付けが進んでいたらしい。作業は午前中集中で側溝や階段の清掃に加え、新人研修生への作業説明もこなしていたという。







全員が揃ったあと、恒例の反省会が開かれた。確かに危険な場面はいくつかあったが、それを無言で終わらせないのが、我々の流儀だ。情報を共有し、次に備える。
帰りにちょっと寄り道に以前作業した場所をチェックし、草むらにあった山イチゴや木苺、小径に枝を出した山桜のさくらんぼを頬張る。酸味と甘味が疲れた身体に染みわたる。
さくらんぼ ほころぶ笑みと 別れ路
私はふと、朝に聞いた言葉を思い出した。
「いつか会えなくなる日が来るかもしれない」
今日という日は、そういう一日のひとつだったのかもしれない。
疲労と達成感と、ほんの少しの寂しさを抱えて、我々は森をあとにした。